わたしは　この団地で
高齢の　義母と夫と　暮らしているんです

名前は硝子（がらす）といいます
子どもたちは　もう成人して
それぞれ家庭を　築いています

先日　義父を見送ってから
義母は　とてもふさぎ込んでいるの
わたしは　義父に
愛人がいることを　知っていました
義母は　それを知ってか　知らぬか
義父とは　とても仲良くしていました

とはいっても　それはつい最近の話
義父に　愛人がいたことを知ったのは
義父が　入院した時のこと

入院先に現れた　謎の美女
年齢は　わたしと同じくらいの　若い女性でした
母に会釈をし　義父に　お花を渡すと
そっと　手を握って
ではまた　と言って
帰っていった彼女

甘い香水の　匂いを振りまき
それはそれは　義父はうっとりと
した目をして　彼女を見ていました

その時にわたしたちは　氣づいてしまったのです
ああ　この人と義父は
ただならぬ関係　なのだと
義母は　とても気丈に　ふるまっていました
でも本心は
どうだったか　わかりません

でも義父は　最後は母の手を握って
ありがとう　幸せだった
と言って　この世を去りました
義母は　泣いていませんでした

義父と義母の　最期のお別れの時
わたしは　なんともいえない
氣持ちになりました
義母は　義父のことを
許せなかったのだろうと

でも　今の義母を見ると
よくわからなくなりました

団地から見える　海を見て
義父の写真を　胸に抱いて
ぼうっとしている　義母を見て
わたしは　義母は義父をとても
愛していたのだと　思うのです

そして　義父も　義母を
間違いなく　愛していたのだと
そして　愛人も
愛とはいったい　なんなのかしら

テレビで　ジュディオングが歌ってる
そして　わたしは　その歌を聴きながら
わたしのことを　最近ちっとも
見ようともしない　夫を　垣間見る

わたしも　義父のように
ひと花咲かせたら
この人は　どう思うかしら
と思う　６５歳の冬